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弐拾番と玖番の梅雨の話
マッサージを終えて着替える。もう誰も残っているはずもない時間だった。いつものことだ。身支度の途中で雨の音に気づいたので、鞄に入れていた折り畳み傘をとり出す。この雨だと、車までの短い距離ですらびしょ濡れになりそうだ。
駐車場へ向かおうと歩き出すと、出口近くで茶色い頭が右往左往していた。どうやら傘がないらしい。世良、と名前を呼べば、弾かれたように振り返った。堺サン! と満面の笑みで呼びかえされる。犬だったら尻尾が千切れんばかりに振られているんだろうと思う。わかりやすすぎる。傘ないのか、ときけば案の定だ。コーチと話をしているうちにほかの連中に帰られたうえ、出口まで来たらいきなり雨が降り出したのだという。諦めて走って帰るか、スタッフに傘を借りに戻るか迷っていたようだ。ものすごく何かを期待する目で見上げてくるのが憎たらしいが、仕方ないので寮まで送ってやることにする。
そう大きくもない傘に無理矢理ふたりで入る。濡れないようにくっつかせて下さい、と言いながらぴたりと身体を寄せてくる世良に何となしに不穏なものを覚えたが、気のせいだと思うことにして、早足で車に向かった。まったく面倒なことになったな、と溜息をひとつつくと、駄目ですよ堺サン、幸せが逃げます! と真剣な顔で言われたので、余計に溜息が出た。屋根のある駐車場まで、あと50メートル。
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