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王様と監督の梅雨の話
先ほどまでは何やら広報に言われたのか、渋々ポスターにサインをしていたようだったが、それも飽きたのだろう。応接セットの合皮のソファーでうたた寝する持田は、霞がかかったようにぼんやりとした存在だ。あのフィールドに立つときと同じ人間にはとても見えない。
こちらは資料の整理も終わりかけている。もう昼だ。このままにしておけば恐らく、持田は昼食をとるタイミングを逃す。この時間帯に食事をとるほうが健康管理上はよいから、声はかけるべきなのだろう。だが、いつになく穏やかな表情を見せている持田を無理に起こすことには、いささかためらいを感じた。
遠くで雷が鳴る。その音にふ、と目覚めた持田がぽつりと、寝てた、とこぼす。伸びをして起き上がる姿はネコ科の肉食動物のようだ。昼食をとるように言うと、いつもの顔に戻った持田は、平泉サンも飯食うの、と問うてきた。そうだ、と答えると、一緒に行く、と言うので、こちらが身支度を整えるまでにサインを書き終えるように告げる。面倒くさそうにペンを取った持田の手が軽やかに動き始めるのを確認してから、ハンガーにかけてあったジャケットに手を伸ばした。ポケットに入っていた車の鍵を手にとって、持田を促す。外は滝のような雨だ。もう一度鳴った雷が、持田の赤錆色の髪を照らしたのに、ほんの一瞬、目を奪われた。
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