「ああ、今年は日曜なんだねえ」

 広報の仕事の関係で練習後に呼び出されたクラブハウスの一室。壁にかけてあるカレンダーをつまんで、ぴらりとめくりあげながら王子が少し弾んだ声で言った。つられたオレと椿は顔をあげる。

 ちなみに一緒に呼ばれてた赤崎は王子のほうなんて見もしないで、ひたすらテーブルの上のポストカードにサインしてる。赤崎はいつもホントに赤崎だと思う。ある意味うらやましーっつーか、いや、でもやっぱうらやましくはない。そんなこと思いながら、何が日曜なのかききたくて口を開こうとしたら、隣で椿がオレより先に声をあげた。めずらしー。でもちょうどよかった。

「あ、あの……、何が日曜、なんですか?」

 おずおずたずねる椿に、王子はカレンダーの7月の紙をつまんだままこっちむいて、機嫌よさそうに答えた。

「10日だよ、8月10日」
「……8月10日? なんかあるんスか?」


 王子の答えに首を傾げた椿を横目に、今度はオレがきいてみる。8月10日って何かあったっけ? 記念日とか? 全然記憶にねーんだけど。あ、でもオリンピックが始まるころだ。開会式とか? けどそれは8日だった気がする。代表の試合……は確か、開会式よか前に始まんだな、って日程表見て思ったし。

「五輪代表の2試合目ならその日っすけどね……どうせ違うんでしょ」

 あいかわらずポストカードから目を上げないまま、赤崎が言う。ああ、そういえば2試合目って10日だっけ。さすがにまだそこまで細かい日程は覚えてない。ていうかオレも行きてーな五輪。ちくしょう赤崎め。

「ああ、そういえばオリンピックもそのころに始まるんだっけね?」

 赤崎のちょっとしたイヤミを気にしたふうもなく、王子はにこやかに言った。

「10日はね、サン・ロレンツォの日なんだ」
「「サン……ロレン……?」」


 聞き覚えのないカタカナを言われて、オレと椿の頭の回りにハテナが飛ぶ。赤崎の頭の回りにも飛んでるのかもしんないけど、全然顔に出てない。ホントお前は赤崎だよ。赤崎遼そのものだよ。

「サン・ロレンツォ。この日に亡くなった聖人の名前だよ。でもそれより何より大事なのは、この日が一年で一番たくさん流れ星の見られる日だっていうことさ」 「えっ、そうなんっスか?!」
「そうだよ、この日に流れ星に願い事をすると叶うとも言うね」
「へえー……」
「だから毎年この日の夜は素敵な女性と少し郊外までドライブに行って、ゆっくり空を見上げることにしていてね」


 その最後の情報、特にいらないっス王子、っていう赤崎の冷静なツッコミが入ったところで、有里サンが扉を開けた。

「皆さーん、ポストカードのサイン終わりましたー? あ、王子! またさぼってたりしませんよね?!」
「大丈夫だよ、僕の分はホラ、バッキーが書いてくれてるからね」
「……それは全然大丈夫って言わないです! もう! 椿くんもホントに書かない!」
「は、ハイ、すみません……!」


 そのやりとりを聞いて横を見たら、ホントに椿は王子のポストカードにサインしていた。椿、お前も苦労してんな。っていうかオレも終わってない。まだあと……ああ、でももうそんなにないか。

「世良くんたちは終わった?」
「あ、オレあとちょっとっス」
「俺は終わったんで、帰ってもいいっスかね?」
「うん、確認するからちょっと待って」


 有里さんが赤崎の前のポストカードをとりあげる。一枚一枚確認しているその最中に、足音もなく王子はその場を去っていった、ソレを見ていたオレにむけて片手を上げ、ウインクをひとつして……なんていうか、王子もやっぱり王子だ。オレも早いとこ帰ろう、と残りの数枚にサインを入れる。

「はい、じゃあ帰ってもらって大丈夫です、ありがとう……って王子いないし! もー! どこ消えたのよー!」
「ははは……」


 なんかもう笑うしかねーな、と思いながら、怒った有里さんに若干ビビりつつサインの終わったポストカードを渡すと、すぐにOKが出た。ぐいっと背中を伸ばして、首を回す。コキコキッて音がして、ちょっと笑えた。まだ途中の椿に声かけて、イスから立ちあがる。

 部屋出るとき、何となくカレンダーのほうを見た。まだ7月のカレンダーには、サン何とかの日はない。その日に五輪のピッチに立ててればいいのにって思う。メンバー発表まであとちょっと、でも本番まであと1ヶ月。補欠の可能性まで考えて、ギリギリまで諦めない。オレの立場だったら、堺サンだってきっとそうする。決意を固めながらロッカールームに向かった。廊下の窓から見える空がすげえ青い。今年も暑い、熱い、夏がくる。