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★ 堺サンと世良の8月10日 その2
食後の茶を運びながらソファに戻ると、世良が突然あっ、と叫んだ。夜にうるせえ、と頭を叩くと、すいません、と言いながらソファから立ちあがる。そういえばそろそろ寮の門限も近い時間だ。それに気づいたのかと思い、時間がまずいなら早く帰れ、と声をかける。あっ、いや、それもなんですけど、そうじゃなくて、と世良は続けて、窓のほうに寄っていく。 「今日、一年で一番流れ星がいっぱい見られる日らしいんスよ」 そう言いながら、窓から空を見上げた世良は、王子から聞いたんスけどね、と自分で情報の出所を吐いて、あ、流れ星に祈ると願い事も叶うらしいっす、今日は。と言い足すと、いったんソファに戻って湯のみに手を出した。 「堺サン、ちょっと空見ません? ベランダから」 5分でいいっスから、オレ帰る前にちょっとだけ。そんなことを言い出した世良に呆れる。バカ言ってねえで帰れ、門限やぶんじゃねえぞ、と言えば、眉がハの字になった。そんな、捨てられた犬猫みたいなツラをされるとどうも困る。何でお前はオレと流れ星なんか見たがるんだ、もっとほかに誰かいねえのか。思ったがそれを口に出すのはなぜかためらわれた。理由はわからないが、訊いてはいけないことのように思えたから。 適温でいれた緑茶を湯のみの半分ほど飲み干して、ソファから立ちあがる。5分で帰れよ、と言えば、世良の顔はたちまち輝かんばかりの笑顔になった。最近オレはお前をどう扱っていいのかわからねえよ、世良。 5分で空に流れた星はひとつ、願いなんて思い浮かぶ前に消えた。隣で必死で祈ってた世良が、何を願ったのかは知らない。玄関で靴を履く世良の背中を見ながら、小さな溜息を吐いて、それから思った。幸せが逃げるんだったか。でも俺に溜息を吐かせんのはここのところ、いつもお前だよ世良。丁寧に礼を言って帰っていく世良に、それは言わないままだった。 |