できるガマンは全部して、もう無理っていうところまできちゃったみたいだ。ここまで来ちゃうと止まりようがなかった。これ以上、なにも言わないで続けていけば、いつか壊れると思った。 堺サンのそばで後輩を続ける、チームの仲間として、ライバルとして、それが嫌なんじゃない。 ただ、それだけで我慢できるところをものすごく前に通り過ぎちゃって、こっから先、行きつくところがひとつしかないだけだ。

 死にたくなるような恋をした。本当にそうだったよ、赤崎。お前は正しかった。あこがれてます、先輩として尊敬してます、そういう皮をかぶった「好き」をいっぱい言いまくって。でもいつからか、それを続ければ続けるほど、やり切れない気持ちになってくんだ。 だってオレの本当の「好き」は伝わらない。100回言っても、1000回言っても、オレの本当の「好き」が堺サンに届かない。少しずつオレの裏側に気づきはじめてるかもしれない堺サンは、このままならずっと気づかないフリを続けるだろう。それはもうイヤなんだ。 自分の「好き」を、もうひとりで抱えてけなくなってる。しにそう。

 恋に落ちてるのがオレひとりのままで続けていける時間は、たぶん終わった。堺サンにも落ちてきてもらわないと、もうここにいられない。遠くにいた堺サンは、いつのまにかずいぶん近くに来てる気がする。 けどいつも堺サンはオレの落っこちてる深い穴の近くで立ち止まってる。きっとこの先も絶対に自分からは落ちてこない。それがわかってるオレは、堺サンをたぶん無理矢理引きずり込む。穴の縁から差し伸べられてる手はオレをそこから引きずり出すためのものだっていうのに、オレは今、その手を引っぱって道連れにしようとしてる。ごめんなさい堺サン、だまし討ちみたいにあなたを。

 ……でもあなたは、本当に落ちてくれる気がないなら、この穴の縁まで来たりしない。

 あなたが好きです。奪うように好きです。キスしたい、セックスしたい、そういう好きです。ごめんなさい。けど、オレの「好き」はそういう「好き」だって、ホントは堺サン気づいてるでしょ、もう。 気づかないフリで、ずーっと後回しにしときたかったんでしょう。でもどんなに後回しにしても、それを何とかしなきゃならないときっていつか来るもんじゃないですか。きっと今、そのときです。今がいつかなんです。 だから来て下さい。オレのいるところまで。ダメならオレの手を振り切って、届かない遠くまで行っちゃって下さい。もう先のばしにできないんです。ガマンできないんです。

 堺サン、オレがんばったと思うんです。必死でキョリを縮めて、そばでウロチョロしててもそれが普通だって思ってもらえるくらいまで近づいて、後を追い続けて、隣を歩いて。最近のあなたは、すぐ近くにオレがいるのを普通に受け入れてくれてたと思う。だからきっと、オレがいなくなったら何かなくなったみたいな、そういう気持ちになる。そうなるように、どれだけオレが必死だったか。 どう考えても近すぎるとこまできてるキョリを、あなたはわかってるのに遠ざけようとしなかった。だから勝算は少しくらいあるかもしれないって思ってる。そう、勝つ可能性がゼロの勝負なんてこの世にない、諦めさえしなければ。

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 歩く歩く歩く、走るみたいに。大門の街並が後ろに流れてく。堺サンの腕を掴んだまま。後ろで堺サンがオレを止まらせようと叫んでる。堺サンの声が背中にぶつかって、そこらに散らばる。いつもならひとつも拾い逃さないけど、今は駄目だ。もったいない言葉たち。東京タワーがむこうで光ってる。燃えてるみたいに。ただただ、まっすぐ進む。どこまで行けばいいかなんてわからない。でも堺サンはオレの手を振り払わずについてくる。きっといつも通り、眉間に皺を寄せたままで。

 ……お願いだから、そのままオレの手を離さないで下さい。ついてきて下さい。それでそのまま、落ちて下さい。オレと一緒に、這い上がれないところまで落っこちて下さい。

 馬鹿みたいに足を動かし続けて、たどり着いた先は神社の境内。別にここに来ようって思ってたわけじゃない、でも目についた瞬間思い出した、ここはあんまり人が来ない。オレがあなたに何をしても誰も見ない、そういう場所。神社の建物の向こうに東京タワーが光ってる。笑えるくらいに。火でもついてんのかってくらい赤い。ここでいいや。ここがいい。だから立ち止まって、振り返った。東京タワーに照らされて、堺サンが、赤い。口を開く堺サンを遮るみたいに、名前を呼んだ。

「堺さん」

 堺サンはどうしていいのかわからない、っていう顔をした。戸惑ってるみたいだった。その隙を逃すわけにはいかなかったから、言葉を紡ぐ。

「堺さん、オレは、」
「……、」


 一度息を吸いなおす。いざとなるとすっきり喉から言葉が出てこないもんだな。堺サンは何かをいおうとして小さく口を開けて、それからまた閉じた。そこで堺サンに止められてたら、止まれてたかもしれない。でも、堺サンは何も言わなかった。だからオレは言ってしまった。本当に、これで全てが終わって、運がよければはじまる、そういう言葉。

「おれは、あなたがすきです」

 口にした言葉はたぶん届いた。初めて、オレの「好き」が届こうとしてた。堺サンの眼が揺れる。もう少し。もう少しであなたを引きずり込める。堺サンの手を思い切り引いて、こちらに倒れかかる身体を抱き込んだ。堺サンの眼にオレが映ってる。唇が触れそうな距離まで近づいても、あなたは動かない。

「あなたが好きなんです、こういう意味で」

 言い切って、キスをした。思いの丈を全部伝えるような、そんなキスを。奪うみたいに口づけて、綺麗に揃った上と下の歯の間に舌を差し込もうとしたところで突き飛ばされた。たぶん堺サン本気だったと思う。結構吹っ飛んだけど、こういう可能性は考えてたから、何とか受け身をとれた。身体を起こして、堺サンを見上げる。少し息を切らしながら、今まで見たことない泣きそうな顔で堺サンはそこに立ってた。

「……堺サン、オレ本気だから、駄目なら早くフって下さい」
「お、まえ……」
「そしたらちゃんと諦めます、時間かかると思うけど、ちゃんと」
「……」
「じゃなかったら、オレもう、止まれないから」
「……っ」
「堺サンが隙見せたら、全力で……奪いに、いきます」


 堺サンは泣きそうな顔のまま動かない。そのままだったらオレ、調子にのりますよ、ねえ。打った背中をかばいながら立ちあがる。それを見ても堺サンは何も言おうとしない。嫌だ、も、ダメだ、も。

「……堺サン」

 促すように名前を呼んだ。堺サンの唇がふるえる。黒い眼がぐらぐら揺れて、東京タワーの赤い光を映す。めちゃくちゃにしたくなるような、そういうヤバイ眼でオレを見ないで。

「世、良、」

 何か言おうとして、何も言えないままただオレの名前だけ呼んだ、その声は灼けるみたいに熱かったから、もう一度堺サンに手を伸ばす。少し冷たい頬の皮膚。それを両手で包み込んでも逃げていかない身体。何て表情するんだろうこの人。気が狂いそう。揺れっぱなしの堺サンの眼がオレを映した。

 少しだけ上にある唇にもう一度キスをする。拒絶はなかった。ただ静かに眼を閉じた堺サンは、東京タワーに照らされて、ぞっとするくらい色っぽい。本当になんて顔するんだろう、この人。あけてほしくてそっと舐めた唇は、ためらうみたいにふるえて、それから小さくひらいた。

 ……やっと届いた。やっとここまで落ちてきてくれた。ごめんなさい、もう、逃がさない。